ラスキン生誕200年記念 ラファエル前派の軌跡展

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ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ
《ウェヌス・ウェルティコルディア(魔性のヴィーナス)》1863-68年頃、
油彩/カンヴァス、83.8×71.2 cm、ラッセル=コーツ美術館
©Russell-Cotes Art Gallery & Museum, Bournemouth

展覧会タイトルは「ラファエル前派」ですが、中心にいるのは、サブタイトルにある批評家のジョン・ラスキン(1819-1900)です。結果として、社会が大きな変革をみせる19世紀に輝いたヴィクトリア朝時代のイギリスの美術をなぞるのですが、面白いのは人のつながり。人間臭いところもありますが、その思想は、後世に引き継がれ日本にも届いています。

ジョン・エヴァレット・ミレイ《ジョン・ラスキンの肖像》1853年、鉛筆、水彩、
33.6×26 cm、ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー)
©Ruskin Foundation (Ruskin Library, Lancaster University)

展覧会は、ラスキンのジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー(1775‐1851)との関係から始まります。ターナーは今もイギリス人がもっとも愛する画家ではないでしょうか。当時も広く認知される一方で、新しい独自の表現が強く非難されていました。ラスキンは、自ら作品を買い求め、コレクションを形成する一方で、この画家を擁護するために、広範な主題を扱った権威ある著作集『現代画家論(Modern Painters)』の第一巻を発表して、一躍著名になります。1843年、若干24歳の時でした。

ジョゼフ・マラード・ウィリアム・ターナー《カレの砂浜――引き潮時の餌採り》
1830年、油彩/カンヴァス、68.6×105.5cm、ベリ美術館
©Bury Art Museum, Greater Manchester, UK

1848年秋に、後に英国美術史にきわめて大きな功績を残すダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828‐1882)、ウィリアム・ホルマン・ハント(1827‐1910)、ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829‐1896)を中心とする7名の画学生が「ラファエル前派同盟(Pre-Raphaelite Brotherhood)」を結成します。かれらは、芸術の権威であるロイヤル・アカデミーの保守性こそが、英国の画家を型通りの様式に縛りつけ、真実味のある人間感情の表現から遠ざけてきた、と主張します。ラファエロ以前に回帰する必要性を訴えて「ラファエル前派」と名のり、感傷的な描き方から絵画を解放し、中世美術のように分かりやすく誠実な表現を取り戻そうとしました。ラスキンは結成には関わっていないものの、悪意のある批評にさらされた20歳前後の若手画家の試みを高く評価し、力強く擁護論を展開しました。

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《ムネーモシューネー(記憶の女神)》
1876−81年、油彩/カンヴァス、120.7×58.4 cm、デラウェア美術館、
サミュエル&メアリ・R・バンクロフト・メモリアル、1935年
©Delaware Art Museum, Samuel and Mary R. Bancroft Memorial, 1935

そのころ聖職を志していたエドワード・バーン=ジョーンズ(1833‐1898)は、ラファエル前派同盟の作品に感銘を受け、ラスキンの芸術論や建築論に心酔し、1855年にはオックスフォード大学を去り、ロセッティに弟子入りします。精神的指導者(メンター)と慕うようになったラスキンからは、イタリアで巨匠画家の作品から学び、素描に励むように、との助言を受け、神話や文学的な主題にもとづく新たな様式を追求します。

エドワード・バーン=ジョーンズ《慈悲深き騎士》1863年、
水彩、ボディカラー、アラビアゴム、101.4×58.6 cm、バーミンガム美術館
©Birmingham Museums Trust on behalf of Birmingham City Council

1853年にオックスフォード大学でバーン=ジョーンズと出会い、以来生涯の友となったウィリアム・モリス(1834‐1896)は、デザイナーとなる道を選び、1861年には家具、ステンドグラス、陶製タイル、壁紙、捺染布地や織物など、あらゆる種類の装飾芸術を扱う「モリス・マーシャル・フォークナー商会」(1875年以降はモリス商会)を設立します。産業革命によって工場で大量生産された商品があふれるようになり、モリスは労働の喜びや手仕事の美しさを取り戻し、生活と芸術を一致させようとします。モリスのデザインに魅かれたことのある方は、その思想と実践「アーツ・アンド・クラフツ運動」をご存知ですね。

モリス・マーシャル・フォークナー商会(1875年以降はモリス商会)
《3人掛けソファ》1880年頃、クルミ材・毛織生地、96.2×221×77.2 cm、
リヴァプール国立美術館、ウォーカー・アート・ギャラリー
©National Museums Liverpool, Walker Art Gallery

こうしてラスキンの影響はモリスまで、またモリスの思想を通じて20世紀のモダンデザインまでつながっていたのですね。

ところでロセッティの描く女性に、あごの細いちょっと上目つかいの視線がダイアナ妃似の一人のモデルがいます。モリスの妻、ジェーンです。これだけよく出て来るのは、ロセッティにとっては「ファム・ファタル」だったのかもしれません。第2章のミレイの《滝》の右側に座る女性は、ラスキンの妻、エフィだそうです。

ジョン・エヴァレット・ミレイ《滝》1853年、油彩/板、23.7×33.5 cm、
デラウェア美術館、サミュエル&メアリ・R・バンクロフト・メモリアル、1935年
©Delaware Art Museum, Samuel and Mary R. Bancroft Memorial, 1935

ラスキンは、何不自由のない裕福な家庭で、幼いころから芸術に親しみ、自らも絵を描き、コレクションを形成する環境に育ったそうですが、こうしてみると、その真骨頂は、既成の価値観にとらわれることなく、新しい創造性を評価しアートシーンの中心へと引き上げ、それを一般に広めたことと言えそうです。それだからこそ次の時代を担うアーティストたちに慕われ、彼らによって新たな試みが芽生え、周辺へと発展していったのでしょう。

昨年の「ターナー展」の本欄で夏目漱石の『坊ちゃん』に出て来るターナー島のことを書きましたが、ミレイの《オフィーリア》は『草枕』に出て来ます。宮沢賢治もラスキンやモリスの思想に影響を受けたようですし、美術だけでなく、建築、自然、科学、社会へとわたるラスキンの広い視野は、柳宗悦の民芸運動や白樺派の作家たちの活動、世界ではトルストイやガンディーなど、世界の反権力的な自給運動・平和運動へとつながっています。

ジョン・ラスキン《モンブランの雪――サン・ジェルヴェ・レ・バンで》
1849年、鉛筆、水彩、ボディカラー、25.1×38.4 cm、
ラスキン財団(ランカスター大学ラスキン・ライブラリー)
©Ruskin Foundation (Ruskin Library, Lancaster University)

展覧会サイト

開始日2019/03/14
終了日2019/06/09
エリア東京都
時間10:00〜18:00 入館は閉館の30分前まで(祝日を除く金曜、第2水曜、6月3日~7日は21:00まで)
休日月曜日(但し、4月29日、5月6日、6月3日とトークフリーデーの3月25日、5月27日は開館)
その他備考一般 1,700円、高校・大学生 1,000円、小・中学生 無料
開催場所三菱一号館美術館
03-5777-8600(ハローダイヤル)
アクセス〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-6-2
・JR「東京」駅(丸の内南口)徒歩5分
・JR「有楽町」駅(国際フォーラム口)徒歩6分
・都営三田線「日比谷」駅(B7出口)徒歩3分
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