扇の国、日本

fans004s舞踊図 六面

舞踊図 六面 江戸時代 17世紀
サントリー美術館[全期間展示、ただし場面替あり]

私たちは日常で扇にお目にかかりますが、存外その歴史は知られていません。扇が日本で生まれたことや、どのような役割を持っていたのか、と掘り下げた興味深い展覧会が2019年1月20日(日)までサントリー美術館で開催されています。長く奥深い歴史を美術館で辿ってみましょう。

二重の曲線と二本の直線で囲まれた形を見て、なぜ私たちは「扇」を連想するのでしょうか、また松花堂弁当の御飯の扇型に目出度さを感じ、お茶のお点前で背筋を正して礼をするときに欠かせぬ扇子や落語に至っては扇子があらゆる道具に変化するのを見ています。夏には扇子でパタパタあおぐ姿は昔も今もあちこちで見られます。図録説明によると「扇」は、日本で生まれ発展したものです。その起源は詳らかではありませんが、早く10世紀末には中国や朝鮮半島に特産品としてもたらされ、中国の文献には、それまで一般的だった団扇(うちわ)と区別して、折り畳む意味の「摺」の字をあてた「摺扇(しょうせん)」 「摺畳扇(しょうじょうせん)」や、「倭扇(わせん)」などと登場します。すなわち、扇が日本のオリジナルであったことを物語っています。宗教祭祀や日常生活での用具としてだけでなく、気分や場所、季節に応じて取りかえ携帯できる扇は、貴賤を問わずいつでもどこでも楽しめる、最も身近な美術品でした。 和歌や絵が施された扇は、贈答品として大量に流通し、また、人と人をつなぐ コミュニケーション・ツールの役割も担いました。

さらに扇は、屛風や巻物、そして工芸や染織などとも結びついて、多彩な作品を生み出していきます。あらゆるジャンル、あらゆる流派と交わる扇には、日本人が求めた美のエッセンスが凝縮されているのです。

今回の展覧会には驚くことに個人蔵の作品が数多くあります。しかも保存状態がとても良いのです。何百年も前の作品が損傷もせず、劣化もせず、保存されていることに驚きながら、その方々を把握している美術館とたぶん日頃から懇意にされているから出品承諾を得られる信頼関係を想像します。両方の関係者のご努力で沢山の個人蔵作品が展示され、私たちの目に触れるありがたさを感じました。

展示は序章の「ここは扇の国」からはじまり第1章から5章、そして終章につながれます。

舞踊図 六面(部分) 江戸時代 17世紀
サントリー美術館[全期間展示、ただし場面替あり]

序章 ここは扇の国

近代の幕開け間もない明治11年(1878)、明治政府は「Japon」として、フランス・パリで開催された万国博覧会に参加します。欧米諸国を席巻しはじめたジャポニスムの流行を、さらに加速させたこのパリ万博への出品作のなかには、幅広い時代と流派を網羅した、百本の「扇」があったと伝えられています。 狩野派や土佐派から、水墨画、浮世絵、文人画まで、海外に日本絵画の特質を正しく広めるべく選定され、万博会場を彩ったであろう百本の扇。この時期、扇は明治政府の主力輸出品であるとともに、日本の文化的象徴としてのイメージが託された存在でもあったのです。序章では、このパリ万博に出品された扇を通して、かつて世界を魅了した「扇の国、日本」があらわれます。しかし贅沢な万博だったのですね、幅広い流派からよりすぐりの作家の作品がでた訳ですからかなり見応えがあったと思います。

第1章 扇の呪力

扇は、大別して二種類あります。奈良時代に発生したと考えられる、薄い板を綴じ重ねた「檜扇(ひおうぎ)」と、檜扇よりやや遅れて平安時代初期に作られるようになった、竹骨に紙や絹を張った「紙扇(かみおうぎ)」です。涼をとるなど実用的な道具としてだけでなく、儀礼や祭祀の場においても扇は不可欠なものでした。平安時代半ばには貴族の服制が整い、檜扇は冬扇、紙扇は夏扇と、装束の一部として用いられるようになりました。そして、季節や持ち主によってふさわしい扇が求められるようになったことが、日本の扇の装飾性を発展させていったのです。一方で、季節を問わず重要な装いには檜扇が正式とされたことは、扇が風を起こすためだけの道具ではなかった可能性を示唆しています。本章では、神事や祭礼の御神体のほか、経塚の埋納品、仏像の納入品などを通して、神仏と人を結ぶ呪物としての扇を紹介しています。個人的には熱田神宮所蔵の《蝙蝠扇》や大阪四天王寺蔵の《扇面法華経冊子》など見応えがあります。

第2章 流れゆく扇

重要文化財 扇面流図(せんめんながしず)
名古屋城御湯殿書院一之間北側襖絵 四面
江戸時代 寛永10年(1633)頃 名古屋城総合事務所

中世から近世初頭の絵画や文献史料のなかには、水面に扇を投じ、そのさまを楽しむ「扇流し」を行う人々の様子をしばしば見出すことができます。また、屛風や襖に扇を散らすように配置し、背景に流水や波を描く「扇流し図」も、中世以降、さまざまなバリエーションが作り出されていきました。こうした水流と結びつく扇の、漂い流れて変化するかたちと、やがて失われてゆく姿に、趣きや無常観が見出されたことは想像に難くありません。そこには、鎌倉時代の仏教説話集《長谷寺験記》に見られる「流れつく扇から愛する人の居場所を知り、再会する」というエピソードのように、男女や離れた人と人をつなぎ 合わせる運命を司る道具としてのイメージも託されていたのです。ちょっとロマンチックですね。《大織冠図屛風》(個人蔵)では背景の金色の雲に扇流しの模様が入っていて美しいです。背景とする雲にさえ手の込んだ技を惜しげもなく費やすところが凄いなと思います。

第3章 扇の流通

扇屋軒先図(おうぎやのきさきず) 二曲一隻 江戸時代 17世紀
大阪市立美術館(田万コレクション)

扇面画帖(せんめんがじょう) 一帖 室町~桃山時代 15~16世紀
奈良国立博物館 撮影:森村欣司
[全期間展示、ただし場面替あり]

早く10世紀末より、日本の特産品として大陸へ送られるようになった扇。中国では明代(1368~1644)に一層人気が高まり、刀や屛風などと並んで、日明貿易の主要な輸出品のひとつとして喜ばれました。 また日本では、中世を通して、扇は季節の贈答品として用いられ、人々が日常的に身につけるアクセサリーとしても欠かせないものになっていきました。こうした国内外での大量消費は、おのずから扇の量産をうながし、美術と商業が結びつく嚆矢としても注目されます。特別な注文品のほか、すでに14世紀半ば頃には、既製品の扇が店頭販売されていたことが知られ、貴賤を問わずより多くの 人々に享受されたと考えられます。1400年の初期には川内屋、鎌倉屋、善阿弥など多数の扇屋があっことが確認でき、それらは町で売られるので「町物」と称されたようです。 人々の間に流通し、交流を取り持つコミュニケーション媒体ともなっていきました。

第4章 扇と文芸

源氏物語絵扇面散屛風 (げんじものがたりえせんめんちらしびょうぶ)
六曲一双のうち左隻 室町時代 16世紀前半 広島・浄土寺
(撮影:村上宏治)[全期間展示、ただし場面替あり]

扇は、いつでもどこでも手のなかで楽しめ、披露できる、身軽でひらかれた絵画です。それゆえに人々の間を盛んに流通し、特定の画題や構図を広く流布させる役割も果たしました。イメージを厳選し、定着・共有化しやすい扇というキャンバスを得て、特に長大な物語は、描きやすく、かつ手軽に鑑賞もできる人気の画題となりました。名場面のダイジェストとしてだけではなく、屛風や画帖に貼り集めることで、ストーリーの全貌も味わえたのです。一方、小画面ゆえにモチーフが厳選されることで生じる象徴性は、和歌との相性もよく、室町時代後期には「扇の草子」と呼ばれる、扇絵(扇面画せんめんが)から和歌を当てる謎解き要素を含むジャンルも成立しています。多量に消費される扇ではありますが、それを華麗に屏風や画帖に貼り直したことは、もっと長く保管したい扇が多くあったことを示しています。

第5章 花ひらく扇

見立那須与一 屋島の合戦(みたてなすのよいちやしまのかっせん)
鈴木春信  一枚 江戸時代  明和3~4年(1766~67)頃  個人蔵
[展示期間:12/26~1/20]

東扇 三代目大谷広右衛門(あずまおうぎさんだいめおおたにひろえもん)
勝川春章 一枚 江戸時代 安永(1772~81)後期~天明(1781~89)初期
千葉市美術館 [展示期間:12/19~1/20]

扇は、日本で最も多く描かれた絵画であり、消耗品ゆえに、最も多く失われた絵画ともいえます。江戸時代、扇絵を描かなかった絵師はいないといっても過言ではありません。将軍や大名の御用絵師である狩野派や、宮廷絵師である土佐派のほか、庶民層からの支持を背景に新たに台頭したさまざまな流派も、扇絵で個性を発揮すべく、新たな構図・画題・技法に挑戦していきました。中世には早くも店頭販売されるようになった扇ですが、江戸時代中期には、「扇売り(地紙じがみ売り)」と呼ばれる行商人も登場しました。扇はより身近な最先端のファッ ション・アイテムとして、そこに描かれる絵に強い関心が注がれていたのです。本章では、あらゆる流派によって描かれた、江戸時代のバラエティに富む扇絵が楽しめます。

終章 ひろがる扇

織部扇面形蓋物 一合 桃山時代 17世紀 梅澤記念館

扇は、開くと末の方が広がるその形状から、繁栄を象徴する縁起のよいものとして好まれました。 このような末広がりの形は、絵を描くフレームとしてだけではなく、絵画というジャンルを超えて、工芸や染織の世界とも融和していきます。開いたり、閉じたり、半開きにしたり、変化に富む形態がより大胆なデザインを生み出し、人々の生活を彩りました。扇の機能や道具としてのイメージは記憶に残しながらも、もはや立体とも平面とも、絵画とも工芸ともつかない、自由な造形が大小さまざまに展開します。

展覧会ホームページ

開始日2018/11/28
終了日2019/01/20
エリア東京都
時間開館時間 10時~18時(金・土および12/23「日・祝」、1/13「日」は20時まで開館。但し12/29(土)は18時まで開館)
*いずれも入館は閉館の30分前まで
休日休館日 火曜日(但し1/15は開館)、12/30(日)~1/1(火・祝)
その他備考入館料 一般1300円、大学・高校生1000円 中学生以下無料
開催場所サントリー美術館
アクセス〒107-8643
東京都港区赤坂9-7-4
東京ミッドダウンガレリア3階
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