林原美術館所蔵 大名家の能装束と能面

NOH-011

《白地籬菊模様唐織(しろじまがききくもようからおり)》
江戸時代 後期展示

膨大な能装束や能面を所蔵している岡山の林原美術館から、選りすぐりの品々が重要文化財を含めて東京の渋谷区立松濤美術館にやって来ました。どれをとっても素晴らしく、はるか桃山時代、江戸時代から数百年もの時を経たとは思えないあでやかさに、ため息がでます。

室町時代に大成した能は、江戸時代に幕府の式楽となり、演能や能の稽古が大名の間で盛んになりました。演能に使われる能装束は、武家の公服や平服がもとになり、桃山時代から江戸時代にかけて芸能衣裳として独自の道を歩みました。詳しくは図録に丁寧に書かれていますが、織や刺繍・摺箔(すりはく)という桃山時代以来の伝統的な加飾技法を用いて、重厚かつ豪華になっていきました。特に大名家ではその経済力を基盤に、膨大な数の能装束が各時代の最高の技術を凝らして作られました。

岡山藩主池田家は、二代綱政(1638~1714)の代になり、能が盛んになりました。その池田家の名宝を林原美術館が継承しています。能装束だけでなく、能面、鬘帯、腰帯等々、優美な品々が展示されています。

展覧会構成は5つに分かれています。

1.  女役の装束 ― 華やか

《白地草花模様縫箔(しろじそうかもようぬいはく)》
桃山時代 重要文化財 通期展示

能の女性の役に使われる装束としては、小袖ものでは、「唐織」「縫箔」「摺箔」があり、大袖ものでは「長絹(ちょうけん)」「舞衣(まいぎぬ)」があります。 「唐織」は能装束のなかでも最も豪華でかつ華やかな装束で、錦の一種である唐織の布を用いて仕立てられていることから総じて「唐織」と呼ばれています。「縫箔」は刺繍(縫)と摺箔(箔)が用いられているところに由来します。上の《白地草花模様縫箔》は重要文化財で桃山時代のものです。「肩裾」と呼ばれる肩と裾に模様を表す構成は桃山時代に流行したようです。近くに寄ってみて頂きたいのは芦の穂で、二色の糸を柔らかく撚り合わせた杢糸が用いられるのも桃山時代の特徴です。

《紅白段雪持芭蕉模様縫箔(こうはくだんゆきもちばしょうもようぬいはく)》(前期展示)はそのデザイン性が秀逸です。説明によると、表地に紅練緯(ねりぬき)地雪持芭蕉模様を刺繍で表した裂(きれ)を模様の輪郭に沿って切り出し、縫い付けるとあります。この部分が桃山時代で、台裂は江戸時代だそうです。桃山時代のものを大事に引継ぎ、江戸時代に工夫して縫箔としてまた蘇らせているのです。

「摺箔」は、型紙を用いて糊を置き、金銀の箔を貼り付けて模様を表す技法です。重要文化財である《紅白段枝垂桜模様摺箔(こうはくだんしだれさくらもようすりはく)》も桃山時代の作です。これほどまでの細密な模様を装束に表す技術は素晴らしく、またそれが当時のまま今に伝わっているのも奇跡に近いことだと思います。昔の人は偉大ですが、ここまでメンテナンスして大事にしてきた代々の人々の弛まぬ努力を感じます。

「長絹」は、金糸や色糸で模様を縫いとるように織り表した紗や絽で仕立てた単(ひとえ)の表衣で、前身頃と後身頃は脇から下が縫い合わされず開けられています。両胸には「胸紐」、両袖先に「露」と呼ばれる組紐がついています。露と呼ぶところがゆかしい感じです。

「舞衣」は長絹に似た単の表衣で、丈がやや長く、脇が縫い詰められて、胸と袖先の紐が長絹と違ってありません。また模様は地紋や単位模様を装束全体に散らしているのが長絹とはまた違うところです。《紫地変り菱繋ぎ菊折枝模様舞衣(むらさきじかわりひしつなぎきくおりえだもようまいぎぬ)》(前期展示)の模様には見とれてしまいます。

2.  男役の装束 ― 厳か

《白地格子唐獅子龍模様厚板(しろじこうしからじしりゅうもようあついた)》
江戸時代 前期展示

能の男性役が使用する装束としては、大袖ものでは「狩衣(かりぎぬ)」「法被(はっぴ)」「側次(そばつぎ)」があり、小袖ものでは「厚板(あついた)」が重要な役割を果たしています。

「狩衣」には、袷と単の二種があり、袷狩衣は神体、大臣、鬼神、天狗など威厳のある役に使い、金襴や錦のような重厚感を感じさせる生地で仕立てています。《紺地立涌三つ巴模様袷狩衣(こんじたてわくみつどもえもようあわせかりぎぬ)》(前期展示)などは紺地に金襴で大胆に三つ巴をデザインしてあり、威厳と力強さを併せ持つ典型的なものです。

「単狩衣」は貴人、老木の精など典雅、幻想的な役に用いられます。

「法被」も狩衣同様、袷と単があり、袷法被は金襴や錦で、単は金紗や絽金で仕立ててあります。いずれも武将の甲冑姿を表現するときに用います。

「側次」は袷法被から袖を取り除いたような形で、軽い軍装や唐人の扮装に用いられます。

「厚板」は狩衣、法被、側次、長絹、水衣などの下に着るものです。もともとは使用されている生地の名前であったようですが、そのうちに装束の名称になりました。上の画像にあるように獅子や龍など力強い模様や、輪宝といった仏教に関わる器物、紋散らしの模様が施されるのが一般的です。

3.  鬘(かづら)帯・腰帯 ― 艶やか

《虫籠藤花模様腰帯(むしかごとうかもようこしおび)》
江戸時代 前期展示

《鱗模様鬘帯(うろこもようかずらおび)》
江戸時代 後期展示

鬘帯は、女役が鬘(かづら=かつら)を付けた時に、それを押さえるように締める細い鉢巻状の帯です。金銀箔のものは胴箔と呼ばれます。虫籠のような優美な刺繍のものは女役や公達に、強い図柄の刺繍は武士や鬼神などに用います。鱗文は、清姫が道成寺の果てで大蛇に変身する鬼女等に使います。花模様の刺繍は細密でなおかつ可憐なものが多いです。

腰巻はほとんどの役に用いられます。帯の両端に芯の入った長方形の部分に模様が表されますが、鬘帯に比べると、腰帯に表される模様は形式が限られていて、紋章的な丸文を三つ縦に並べるもの、あるいは植物などを縦位置に表すものがあります。

4.  中啓 ― 雅やか

《鬘扇(かづらおうぎ)》(表) 江戸時代 前期展示

能に用いる「中啓(ちゅうけい)」は扇を閉じた状態でも先が開いた形をしている点が特徴です。扇を閉じたときに中より先に向かって啓(ひら)いているため、この名があると言われています。この中啓の骨が白いものは神や老人、直面(ひためん=面をつけない)の男性がもちます(神扇・尉扇・男扇)。

骨が黒いものは能面をつけた男性、武士の霊や鬼神、また女性の役と童子に用います(修羅扇・鬘扇・童扇等)。

5.  能面 ― 幽か

《寳増(ほうぞう)》 江戸時代 通期展示

江戸時代を通じて備前岡山藩に君臨した池田氏の初代光政が基礎を築いた能楽は、二代綱政の時、徳川綱吉の能楽愛好の風を承けて隆盛し、そして三代継政の頃には今日知られる林原美術館の著名な能面コレクションの中核が形成されたと考えられます。明治時代に作製された池田藩の財産調書に記された能・狂言面の数は300面を超え、そのうち能面131面、狂言面39面が林原美術館に、能・狂言面合わせて92面が野崎家(岡山県を代表する地方財閥)に遺っていますが、この数は徳川美術館や永青文庫、高知県立高知城歴史博物館などに伝わる御三家や大大名の遺産に勝るとも劣らぬものだそうです。

上の《寳増》は増女の一つで、俗に“天冠下”といわれるように天女や女神に用いられる品位の高い面貌を示します。無銘ですがとても上品で端正な顔つきをしています。

松濤美術館ホームページ

開始日2018/10/06
終了日2018/11/25
エリア東京都
時間開館時間 午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)
*金曜は午後8時閉館(入館は午後7時30分まで)
休日月曜日
その他備考入館料 一般1000円、大学生800円、高校生・60歳以上500円、小中学生100円
開催場所渋谷区立松濤美術館
アクセス〒150ー0046
東京都渋谷区松濤2-14-14
☎03-3465-9421
京王井の頭線 神泉駅下車 徒歩5分
JR・東急電鉄・東京メトロ 渋谷駅下車 徒歩15分
http://www.shoto-museum.jp/access/