ルーヴル美術館展

8_《フランス国王、オルレアン公フェルディナン=フィリップ・ド・ブルボン=オルレアンの肖像》500KB

ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル 《フランス王太子、
オルレアン公フェルディナン=フィリップ・ド・ブルボン=オルレアンの肖像》
1842年 Photo © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais /
Angèle Dequier /distributed by AMF-DNPartcom

これまでに日本で何度の「ルーヴル美術館展」が開かれてきたことでしょう。数年に一度はあったような気がしますが、今回はその中でも人物画を中心とする肖像芸術に的を絞っています。展覧会のサブタイトルは「肖像芸術ー人は人をどう表現してきたか」です。

古代から人間は個を超えた何かを絵やカタチに写しとろうとしていました。人の姿をそこに閉じ込めて残そうとした肖像芸術は、社会を形成して生きる人間の根源的な欲求によるものとも言えないでしょうか。

その大きな問いに、今回展示されている、3,000年以上も前の古代エジプトの棺用マスクから、古代ローマの皇帝、ルイ14世やナポレオンなどの君主像、華麗な女性や愛らしい子どもたちの肖像まで、ルーヴル美術館の豊かなコレクションは、肖像芸術が担ってきたもの、人は何を残そうとしたのか、画人はどのような表現を生み出したのか、などをよく示し、さすがはルーヴルと唸らざるをえません。

出展作品は約110点。実際にルーヴル美術館へ行っても膨大な展示から本展のようなテーマで鑑賞することは不可能でしょう。ルーヴル美術館の壮大なコレクションと展覧会企画の素晴らしさにあらためて感心するともに、この展示に出会えた幸運を思います。

《棺に由来するマスク》 新王国時代、第18王朝、アメンへテプ3世の治世
(前1391-前1353年)エジプト出土 Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre)
/ Franck Raux /distributed by AMF-DNPartcom

木製です。とても3,000年以上の時を経たものとは見えません。この時代はミイラをかたどった人型棺が普及し、蓋の頭部を飾っていたマスクの顔の部分で蓋に釘で固定されていたそうです。顔立ちは個人の容貌を再現したものではなく、来世で永遠の生を得るよう理想化された定形表現に従っています。美しい青い眉はガラスで、目は白と黒の石の象眼で出来ています。

《女性の肖像》 2世紀後半 エジプト、テーベ(?)出土
Photo © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais /
Georges Poncet /distributed by AMF-DNPartcom

この板に書かれた女性を見て2世紀後半の作品と誰が思うでしょう。日本では卑弥呼のずっとずっと昔。髪型や身につけているものにもよりますが、せいぜい数百年前のものと思いませんか。このころになるとミイラの真の肖像が置かれ、故人は現世での生の証である顔貌が永続することで来世での生を準備したと考えられています。

《ボスコレアーレの至宝 エンブレマ型杯》 35-40年頃
イタリア、ボスコレアーレ出土 Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) /
Hervé Lewandowski /distributed by AMF-DNPartcom

ローマ人は先祖の胸像や立像、デスマスクや肖像画を家に飾る慣習があったそうです。先祖の顔立ちを保存し、永続させる肖像は、後継者に一族の名誉を継がせるもので、肖像の持つ記憶を喚起する力は、肖像に道徳的価値を付与しています。ボスコレアーレはポンペイの南東に位置し、紀元79年のヴェスヴィオ山の噴火で埋没した古代の小都市です。1895年の発掘で樽に詰められた109点の銀器が発見されました。精妙な銀の打ち出し細工が施された酒杯は特別な饗宴に用いられ、客人をもてなすとともに一家の富を示す役割を果たしたと考えられます。

《アレクサンドロス大王の肖像》、通称《アザラのヘルメス柱》 2世紀前半、
リュシッポスによる原作(前340-前330年頃)に基づきイタリアで制作
イタリア、ティヴォリ出土 Photo © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais /
Daniel Lebée / Carine Déambrosis /distributed by AMF-DNPartcom

現在のギリシャ北部に当たるマケドニア王国を治めたアレクサンドロス3世、通称アレクサンドロス大王(在位:前336-前323)は自らが与えるイメージをコントロールすることに腐心し、自分の肖像を表現する権限を3名の芸術家にのみ与えました。その一人がギリシャのクラシック期を代表するリュシッポス(前390-?)です。本作はリュシッポスが制作したブロンズの全身像《槍を持つアレクサンドロス》(前330年頃、現存せず)の頭部のみをローマ時代に模刻したものです。リュシッポスの作品は1点も現存しないものの、古代の著述家によれば、その作風は適度な理想化を加えつつ、モデルの個性を生き生きと表現したものだったようです。大王の容貌の特徴をよく伝える貴重な作例とみなされた本作は、後世の芸術家たちから手本とされました。

ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアーリ) 《女性の肖像》、
通称《美しきナーニ》 1560年頃
Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) /
Michel Urtado /distributed by AMF-DNPartcom

16世紀後半のヴェネツィアを代表する巨匠、ヴェロネーゼによる《女性の肖像》、通称《美しきナーニ》は1914年にルーヴル美術館に所蔵されて以来、ルネサンスの肖像の最高傑作の一つとして大切にされて来ました。中世になって肖像芸術は衰退しますが、新興の貴族や中産階級の出現によって、広く社会に普及し、15世紀以降、銀行家、商人、法律家をはじめとする資産家たちにとって、肖像を注文、所有することが社会的成功を示すものでありました。多くのヴェネツィアの女性肖像画がそうであるように、《美しきナーニ》のモデルは特定できないそうです。お約束の高価な衣装とアクセサリーから貴族の夫人とも、また当時は美貌と教養を兼ね備え、貴族の女性とほぼ同様の生活をしていた高級娼婦がいたことから、どちらの可能性もあるようで、豪華な衣装に身を包みながらも、観るものの視線をはずし、少し悲しげで苦痛の表情で微笑むこの女性はいったい誰なのか、誰が何のために注文したのでしょうか。

ジャック=ルイ・ダヴィッドと工房 《マラーの死》 1794年頃
Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Martine Beck-Coppola /
distributed by AMF-DNPartcom

革命の指導者ジャン=ポール=マラーが、情報提供を口実に入浴中に近づいたコルデーに暗殺された場面を描く《マラーの死》は、昨年「フランス絵画の至宝 ランス美術館展」(2017年4月22日-6月25日、東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)に出品されていました。そこでは「暗い背景に浮かび上がるマラーの体はたくましく、血の通う肌はほんの今まで生きていた、と思わせるドラマチックなシーンであることには変わりません。布を巻いた身体はキリストに重なり、重度の皮膚病であったにもかかわらず滑らかな肌は、少なからず美化して描かれていますが、それだけこの事件の大きさとマラーへの崇拝を物語るようです。」とコメントしました。

18世紀末のフランスにおいて、徐々に進展した社会の世俗化は、信仰云々とは無関係に、故人に聖人化、英雄化された革命家マラーは、上半身が裸で描かれ、埋葬用の白布を想起させる質素な布で覆われることで聖人表現の伝統を踏襲しています。

クロード・ラメ 《戴冠式の正装のナポレオン1世》 1813年
Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Michel Urtado /
distributed by AMF-DNPartcom

高さ2mを超える大理石のナポレオン像です。豪華なマントは細部まで細かい模様が彫られていて見事です。正装のナポレオンはまるで王家を引き継ぐかのように、いかにも権力を誇示しているように見えます。大理石の白さのせいか、その後の歴史を知ってしまっているゆえか、中身のない彫刻に見えます。同じ展示室に、ナポレオンが1796年にイタリア遠征軍司令官として北イタリアでオーストリア軍との戦いに勝利した時の27歳の若き将軍の勇士を、25歳のアントワーヌ=ジャン・グロによる《アレコレ橋のボナパルト(1796年11月27日)》(世界史の教科書でおなじみかもしれません)と、やはり戴冠式の正装のナポレオンの2点の絵画、とデスマスクも展示されています。

フランチェスコ・アントンマルキ 《ナポレオン1世のデスマスク》 1833年
Photo © Musée du Louvre, Dist. RMN-Grand Palais / Pierre Philibert /
distributed by AMF-DNPartcom

エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブラン
《エカチェリーナ・ヴァシリエヴナ・スカヴロンスキー伯爵夫人の肖像》
1796年 Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) /
Michel Urtado / distributed by AMF-DNPartcom

エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブランと言えば、超豪華な衣装に身を包み宮殿の広い部屋に佇む王妃マリー=アントワネットの全身像《白いサテンのパニエ入りドレスに身を包むマリー=アントワネット》(1778年)を思い出す方も多いのではないでしょうか。王妃マリー=アントワネットの肖像画家として名を馳せましたが、1789年に勃発したフランス革命を機に故国を離れ、ヨーロッパ各国で活躍しました。本作のモデルはロシアのスカヴロンスキー伯爵の妻で美貌で知られたエカチェリーナで(1876-1829)す。ヴィジェ・ル・ブランは伯爵が大使としてナポリに滞在していた1790年に親交を結び、以来、夫人の肖像を何度も手がけました。制作時エカチェリーナは34歳の未亡人で、首筋に巻き毛を垂らし、東洋風のターバンと衣装で甘い眼差しを投げかけています。モデルの魅力を最大限に引き出すヴィジェ・ル・ブランの肖像画は、上流階級の女性たちの間で国際的に人気を博しました。

古代から19世紀ヨーロッパの絵画・彫刻まで、きわめて広範にわたる時代・地域の作品によって、肖像が担ってきた社会的役割や表現上の特質を浮き彫りにします。身近でありながら、奥深い肖像芸術の魅力に迫るおすすめの展覧会です。

大阪市立美術館へ巡回します(2018年9月22日- 2019年1月14日)。

公式サイト

開始日2018/05/30
終了日2018/09/03
エリア東京都
時間10:00~18:00 
※毎週金・土曜日は、6月は20:00まで、7・8・9月は21:00まで開館
※入場は閉館の30分前まで
休日毎週火曜日休館
※ただし8/14(火)は開館
その他備考1,600円(一般)、1,200円(大学生)、800円(高校生)
※中学生以下および障害者手帳をご持参の方(付添いの方1名含む)は入場無料。
※7月14日(土)~7月29日(日)は高校生無料観覧日(学生証の提示が必要)。
開催場所国立新美術館 企画展示室1E
アクセス〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
03-5777-8600(ハローダイヤル)
・東京メトロ千代田線乃木坂駅 青山霊園方面改札6出口(美術館直結)
・都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩約4分
・東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から 徒歩約5分