日タイ修好130周年記念特別展「タイ ~仏の国の輝き~」

02-9ナーガ上の仏陀坐像

ナーガ上の仏陀坐像 青銅、金
スラートターニー県チャイヤー郡ワット・ウィアン伝来 シュリ―ヴィジャヤ様式
12世紀末~13世紀 バンコク国立博物館

日タイ修好130周年記念特別展が「タイ ~仏の国の輝き~」と題し、東京国立博物館 平成館に於いて7月4日(火)から8月27日(日)まで開催されている。

タイの人々が守り続けてきた貴重な仏像「ナーガ上の仏陀坐像」や「仏陀遊行像」など日本初公開の名品に加えて、第一級王室寺院ワット・スタットの正面を飾っていた門外不出の大扉などの名宝が一堂に集まり、タイ仏教美術の最高峰が紹介されている。

この展覧会では、タイ族前史から現王朝のラタナコーシン朝まで、選りすぐりの作品によってタイ仏教美術の全貌がわかる。日タイ修好130周年にふさわしく、江戸時代にシャム(タイ)へ派遣された朱印船を描いた衝立や、タイで作られた日本刀など、現在まで続く日本とタイの交流の歴史も示され、タイが身近に親密に思われる展覧会である。

第1章 タイ前夜 古代の仏教世界

法輪 砂岩 スパンブリー県ウートーン遺跡第11号仏塔跡出土 
ドヴァーラヴァティー時代 7世紀 ウートーン国立博物館

ドヴァ―ラヴァティーの人々は仏教を篤く信仰し、数多くの寺院が造営された。法輪とは車輪が転がるように仏陀の教えが広まることを意味する。法輪自体は高い石柱の上に設置され信仰された。

冒頭のナーガ上の仏陀坐像は、悟りを開いた仏陀が瞑想をする間、竜王ムチリンダが傘となり、仏陀を雨風から守ったという説話に基づいて作られている。クメール美術の影響を受け精緻な作風であると同時に、水と関係する蛇の神ナーガがいかに東南アジアで大切にされていたかが解る。

アルダナーリーシュヴァラ坐像 砂岩 
ウボンラーチャターニー県 プレ・アンコール時代 8~9世紀初
ウボンラーチャターニー国立博物館像

ヒンドゥー神話の両性具有神である、クメール族の影響でヒンドゥー教も信仰された。アルダナーリーシュヴァラとは、ヒンドゥー教の男神シヴァとその妃パールヴァティが半身ずつ組み合わされ一体となった神のことである。

第2章 スコータイ 幸福の生まれ出づる国

1238年にタイ族が開いた王国スコータイは「幸福の生まれ出づる国」を意味し、タイ中北部の広大な盆地を中心に栄えた。歴代の王はスリランカから受容した上座仏教を篤く信仰し、多くの寺院が建立され、タイ仏教文化が花開き、文字や文学が生まれ、現在のタイ文化の基礎がここに築かれた。

仏陀遊行像 青銅 スコータイ県シーサッチャナーライ郡
ワット・サワンカラーム伝来 スコータイ時代 14~15世紀 
サワンウォーラナーヨック国立博物館

軽やかに片足を踏み出し、歩みを進める仏陀像である。亡くなった仏陀の母のマーヤー夫人に説法するために三十三天に昇った仏陀が、地上へ降りてくる場面をあらわすとも考えられている。とても穏やかな笑みで優美な姿である。

第3章 アユタヤー 輝ける交易の都

スコータイから南に下ったアユタヤーは14世紀半ばから400年もの長きにわたって、南シナ海の通商ルートとベンガル湾通商ルートという東西の巨大な市場を結ぶ国際交易国家として繁栄した。莫大な富を蓄えた国王は上座仏教を国教とする一方、王の権力と神聖さを高めるためにインド的な儀礼や位階制度を整え、集権化が進められた。ふんだんに金、宝石をあしらった冠や仏塔、像が燦然と輝く王朝である。

金冠 金、貴石
アユタヤー県ワット・ラーチャブーラナ遺跡仏塔地下出土 
アユタヤー時代 15世紀初 チャオサームプラヤー国立博物館

この金冠は男性の髷(まげ)に被せる冠で、王が持つべき5種の神器の筆頭になる。まことにきらびやかで富の象徴という言葉がぴったり当てはまる。

金舎利塔 金 
アユタヤー県ワット・ラーチャブーラナ遺跡仏塔地下出土 
アユタヤー時代 15世紀初 チャオサームブラヤー国立博物館

スリランカ様式とインド北東部のパーラ様式が混交した舎利容器。前の金冠同様、金をふんだんに使った舎利塔で、現存しないアユタヤー初期の仏塔の姿を知る貴重な手ががりとなっている。

第4章 シャム 日本人の見た南方の夢

シャムとは、江戸時代から知られていたタイの呼称で、16世紀から17世紀にかけて日本から朱印船貿易家達が集い、日本人町が形成されるほど貿易が盛んだった。誰もが知っている山田長政の像が残されている。

末吉船図衝立 板絵着色 江戸時代 安政5(1858)年 大阪・杭全神社
[展示期間]7月4日~7月30日

末吉孫座衛門吉康(1570~1617)がシャムへ派遣した朱印船が帰国する様子を描いた衝立。風にたなびく『末吉』や『順風』の旗の元、酒を飲んだり囲碁を楽しむ人々が活写されている。

カティナ(功徳衣)法要図 紙本着色 ラタナコーシン時代 1918年 タイ国立図書館
[展示期間]8月1日~8月27日

アユタヤー朝の国王が、僧院へカティナ(功徳衣)を献上に向かう様子を描いているなかに、シャム人指揮官や外国兵とともに、行列の最後尾には薙刀を手に髪を剃り上げた日本人義勇兵が並んでいる。

第5章 ラタナコーシン インドラ神の宝蔵

ラタナコーシンとはインドラ神の宝蔵を意味し、その都(現バンコク)はクルンテープ(天人の都)と呼ばれてきた。タイ人はビルマ(ミャンマー)軍との戦いで灰燼に帰したアユタヤーの都を復元するように、ここに新しい都を築き、アユタヤーの芸術文化の復興に力を注いだ。

ラーマ2世王作の大扉
木製、金、彩色 バンコク都ワット・スタット仏堂伝来 
ラタナコーシン時代 19世紀 バンコク国立博物館

天界への入り口のような5.6mを超える大きな扉は1807年に創建されたワット・スタットという第一級王室寺院の正面を飾っていたものである。国王ラーマ2世(在位1809‐1824)が自ら精緻な彫刻をほどこしたと伝えられる。この扉の完成後、ラーマ2世は他に同じような扉を作らせないように、使用した道具をすべてチャオプラヤー川に捨てさせたという逸話が残っている。

象鞍 木製漆塗、象牙 サワットソーポン親王旧蔵 
ラタナコーシン時代 18~19世紀 バンコク国立博物館

タイと言えば象!今回の展覧会場にも象が居ます。お見逃しなく。

象に乗るための鞍は、馬のように跨るのではなく、象の背に座面を設けて座る。象鞍の形式は、座面の周囲に欄干を巡らせて前方を開き、座面の下には象の背を載せるための脚を付け、脚には座面を支える支柱が付く。この象鞍全体に金箔が貼られていて見事である。

さて第1章から第5章まで歴史と王国を網羅したが、特筆することが二点ある。

一つ目は「タイ王室と日本刀」で、アユタヤー朝において日本人が「日本人義勇兵」として重く用いられる流れから日本刀は数多くタイに入り、以降、タイでは在来の伝統的な刀剣より格の高い刀剣として日本刀は扱われる。その後日本刀の輸入が途絶えると、日本刀を模した日本式刀剣が製作された。現在のラタナコーシン朝に於いても重要な宝剣ととらえられ、即位式ではタイ七宝製の外装に包まれた日本刀を佩用(はいよう)している。

金板装拵刀 拵:木胎、金 刀身:鉄 
ラタナコーシン時代 19世紀 バンコク国立博物館

上級貴族の佩用品だった純金製拵に包まれた日本刀で、日本初公開である。

二つ目として「日本とタイを結ぶ螺鈿の扉」である。ラーマ4世(在位1851~1868)の発願によって1864年に建立された寺院、ワット・ラーチャプラディット。この拝殿の出入口などに設けられた観音扉の内側には、螺鈿および漆絵の装飾が施されている。後の研究でこの扉がタイから日本に発注されたものと明らかになりつつある。

展覧会情報サイト

 

同時に本館では9月3日まで親と子のギャラリー「びょうぶとあそぶ」と銘打った展示が行われている。特別5室では水墨画の最高傑作、長谷川等伯筆、国宝「松林図屏風」の複製がおおきな楕円のスクリーンの前に設置され、風が吹き、どこからか匂いを感じる。スクリーンには墨絵のような映像がひろがり、屏風と一体に感じられる。特別4室では尾形光琳筆の「群鶴図屏風」の鶴が、スクリーンから飛び立ったり降り立ったりと人の気配で動くインタラクティブな映像になっている。どちらも面白く、新しい技術による日本美術の体験である。

親と子のギャラリー びょうぶとあそぶ

 

開始日2017/07/04
終了日2017/08/27
エリア東京都
時間9:30~17:00。 金曜日と土曜日は21:00まで。日曜日と7月17日(月・祝)は18:00まで。入館は閉館の30分前まで。
休日月曜日(ただし7月17日(月・祝)、8月14日(月)は開館、7月18日(火)は閉館)
その他備考一般 1600円、大学生 1200円、高校生 900円、中学生以下は無料
・親と子のギャラリー「びょうぶとあそぶ」には総合文化展観覧料(一般 620円、大学生 410円)が必要です。ただし「タイ ~仏の国の輝き~」展観覧当日に限り無料でご覧いただけます。
開催場所東京国立博物館 平成館
アクセス〒110‐8712 東京都台東区上野公園13-9
・JR上野駅公園口、または鶯谷駅南口下車 徒歩10分
・東京メトロ 銀座線・日比谷線上野駅、千代田線根津駅下車 徒歩15分
・京成電鉄 京成上野駅下車 徒歩15分
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